Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第六話 Fパート

 『「運命の選択」? ただの言い訳でしょ』


1.

 そこはホシノ・ルリ、アマノガ・ルリにとって終焉の場所だった。
 焼けた鉄材。熔けた装甲。飴のように曲がった竜骨。
 広範囲に広がった残骸の中を探し歩き、やっと見つけたソレは他の残骸と異なり、未だ、塗装が灼けずに残っていた。
「これは?」
 残骸とは言え上背を遙かに越える巨大なブロックを見上げるルリに背後から声がかかる。
 若々しい男の声に、ルリは振り向かず答えた。
「ユーチャリスの居住ブロックです。いざというときの脱出艇になっています」「へー」
 テンカワ・アキトは物珍しげに見回した。アキトの知っている脱出艇はナデシコの艦橋ブロックぐらいだ。全然違う印象に思わずきょろきょろと視線を泳がせた。
「こちらです」「え? あ、ちょっと」
 ルリは風に髪を流して、居住ブロックの周囲を回るように歩き出す。その足取りはしっかりしていて、どこに向かっているのかわかっているようだった。
「これは、アンタの船なのか?」「・・・いえ。でも、よく知ってます」
 立ち止まり、赤茶けた砂のこびりついた船殻に手をついて見上げる。
「ずっと、考えてました。この艦のことを。
 今どこにいるのだろう。どうやって、見つけようか。会えたらどんなことを話そうとか。
 でも、本当はうれしかったんです。こうして追いかけていられる間は、私だけのあの人のような気がして。
 だから、追いかけている理由を自分に言い聞かせて、よろこんで追い続けて…。
 私、子供だったんですね」
 拳を握る。水色の薄い宇宙服に包まれた指は鋼版の上を滑り、こびり付いた砂を掻くだけだった。
 アマノガ・ルリは髪を押さえて、振り返った。
 風にはらんだ、銀色の髪が赤く弱い夕日に茜色に輝く。そして、金色の双眸がアキトを見つめていた。
「テンカワさん、あなたに話しておかなければならないことがあります。
 それは、あなたのご両親のこと、この惑星のこと、あなたが助けられなかった少女のこと、そして、あなた自身のことです」
「・・・アンタは、どうしてそれを知ってるんだ!? なんで、なんで俺なんだよ!!」
 アキトはルリに詰め寄ると、両手でその肩を掴んだ。あまりの力に、ルリはきゅっと口元を引き締める。アキトはルリの顔を覗き込むと、激しく問いかけた。
「ずっと、俺も不思議に思ってた。アンタは俺のことを知っているようだった。ナデシコに乗るようしむけたのもアンタだろ? いったい、アンタはなんなんだよ! なんで俺のことをそんなによく調べてるんだ!」「クッ…」
 ガンと勢いよくルリの背中がユーチャリスの鋼にぶつかる。衝撃に顔を背けたルリの姿にアキトははっと我に帰った。
 これじゃ、まるで襲ってるみたいだ。そんな考えに顔が赤くなる。ルリの柔らかな両肩、手の中にすっぽりと収まってしまうくらい小さく柔らかだった、の感触を振り払うように、手を離すと勢いよく後ろを振り向く。
「とにかく! ちゃんと話せよ。こんな風に誰かの思惑であっちこっちに小突き回されるなんて、ごめんだ!」
「・・・」
 アキトが腕を組んで頬を膨らませる。ルリはユーチャリスの残骸に身を預けて、そんなアキトの姿に微笑んだ。でも、それは、アキトさんにとってもう取り戻せない遠い過去なのだと思うと、眦が熱くなる。涙が零れそうな気配に、ルリは上を向くときゅっと目を閉じた。
 一体いつから、こんなに涙もろくなってしまったのだろう。
 たぶんそれはあの日から。ユーチャリスを見送ったあの時から。見ていることしかできなかったあの事件からだと、思う。
 ルリはそっと自分の肩を抱くと身を起こした。
「わかりました。でも、きっと信じられないような話です」「それは聞いてから決める」「クス」
 偉そうに腕を組んで答えるアキトに、ルリは笑みを漏らすと闇が訪れようとしている火星の空を仰いだ。
「ここで結論を出さなくてはいけませんから」
 かつての歴史をなぞれば、ボソン・ジャンプのことをネルガルが知ることになる。そして、この人をエリナさんはまた研究対象にしようと追いつめるだろう。
 ルリは見つめる。アキトの姿を、その行く末を。
 ずっと悩んでいた。歴史にどこまで干渉していいのかを。
 エステバリス・カスタムを航空宇宙軍に引き渡したことは、後悔していない。ナデシコに乗れないときのために、火星への強行偵察に志願するつもりで航空宇宙軍内での地歩を固めてきた。電子制圧を見せることになってしまった時はどうなることかと心配していたが、幸い、お義父様(おとうさま)のおかげでナデシコに乗ることになった。エステバリスが早期から採用されたことで、戦線は月軌道で膠着しているが、大きく歴史から逸脱しているわけではない。相変わらず、地上では戦闘が繰り広げられ、地球は木連に対して有効な反撃手段を取れずにいる。
 ナデシコ級の存在がこれからも大きな意味を持ち続けることに変わりなかった。
 でも、これからは。
 思い出す。あの大切な日々。
 かつての自分にあの日々を贈ることは、このアキトを再び復讐鬼への道に誘うことになってしまう。
 だが、歴史を変えてしまえば、どうなってしまうのだろう。ナデシコは和平のために奔走することもなく、地球と木連は延々と戦い続け、憎しみを量産し続けるだけなのではないだろうか。そして、なによりも、あの小さなルリとアキトとの接点が失われてしまうのではないだろうか。
 私がそのようなことをしても、許されるのだろうか。
 いえ、違う。私が失いたくない。
 それはナデシコに乗り込んで以来、ルリがずっと抱えてきた問題だった。しかし、もう時間がない。ナデシコは火星にたどり着いてしまった。
 結論を出さなければならない時がすぐそこまで来ていた。





2.

 火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)のシャトルがナデシコの格納庫に到着した。
 操縦室と客室の双方でタラップが下りる。
「「「「「おおぅ!!」」」」」
 集まった整備員達の口から大きな歓声が上がる。操縦席側のタラップから3人の美女が下りてきたからだった。
「ご無事で何よりです。ドクター・イネス・フレサンジュ」
 最初に下りてくる金色の長い髪を結い上げた女性に、プロスペクターは両手を開いて歓迎した。
 イネスは皮肉な目でプロスを見下ろす。
「あら、あちらを出迎えなくていいのかしら?」
 ちらりと客室(キャビン)の方に目を投げた。そちらには、家族を引き連れたネルガル火星の重役達やオリンポス研究所の所長が周囲を怒鳴り散らしながら下りてきていた。
「彼らには後ほど。はい、皆さんを食堂へお連れしてください」
 副長のアオイ・ジュンに指示を出す。ジュンは頷くと、客室(キャビン)に駆け寄り説明を始めた。
「あのー、プロスさん。できれば、ご紹介していただけると嬉しいんですけど」
 艦長のミスマル・ユリカが進み出る。プロスは笑顔で振り返った。
「そうですな。このかたはイネス・フレサンジュ博士。ネルガル火星のオリンポス研究所で我が社の開発の陣頭指揮を執っておられた女性です」
「よろしく」「「「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」」」
 ウィンクひとつして周囲に微笑む。ひときわ大きな歓声が巻き起こった。
 そして、白地に赤のラインが入った一級礼装の女性が進み出た。褐色の肌とソバージュのかかった黒髪の彼女は、きょとんとしているミスマル・ユリカに敬礼する。背後で書類を左脇に抱えた銀の髪の女性も合わせて敬礼する。
火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)、第一装甲空挺師団第177特務大隊(DoLLs)隊長、フェイエン・ノール中佐です。こちらは戦略作戦局のエリス・ティタニア中尉。火星植民都市連合を代表して、本艦との折衝のため参りました。
 ネルガル社機動戦艦ナデシコへの乗艦許可を求めます」
「あ、はーい、ナデシコにようこそ。乗艦を許可しちゃいます」
 ユリカが大きなモーションで答礼した。フェイエンの頬が引きつる。小さくため息をひとつつくと、フェイエンは腕を下ろし、エリスに合図した。エリスが進み出る。
「こちらは今回お連れした乗客名簿です。ネルガル社員の方にナデシコへの乗艦希望を募りました。7家族32名。お預けいたします」
「それはどうもご丁寧に」
 プロスは深々と頭を下げて差し出された書類を受けとった。手に取った書類にざっと目を通す。
「確かに受けとりました。とりあえず、こんなところではなんです。艦橋(ブリッジ)へご案内しましょう。よろしいですかな、艦長?」「あ、はい」
 ユリカが頷いて先頭に立つ。プロスの視線が素早く、ナデシコの警備主任であるゴート・ホリィに向けられた。ゴートは厳つい顔を小さく頷かせた。
「では、こちらへ。ささ、どうぞ」
 3人を案内して、プロスも艦橋へと向かう。ゴートはそれを見送ると、スーツの上から手を当ててショルダー・ホルスターの銃を確認して、火星植民都市連合軍()連絡艇(シャトル)へと脚を向けた。

「このたびの暴挙、火星植民都市連合は強く抗議します」
 艦橋(ブリッジ)に着くやいなや、フェイエン・ノールはミスマル・ユリカ艦長に対して、強く言い放った。
「この件は地球連合政府を通じて、ネルガル本社にも抗議させて頂く」
「ええー! なんでぇ!?」「もう、だから言ったじゃない」「ばか」
「いやはや、それは困りましたな。地球圏とは連絡が?」「定期的に航空宇宙軍を通じてレーザー通信を交わしている。木星勢力の妨害もあるので良好な通信状態とは言えないが」
 目を怒らせて、フェイエンは抗議の意志を示す。それに対して、艦長のユリカは右の人差し指をたててちょっと首を傾げた。
「でも、ユリカは独行艦の艦長さんだから、ナデシコがどこに行こうと、それを決めるのは艦長の権限のうちですけど」
「あら、現地政府の制止も振り切って飛び出した人が言っていい台詞ではないわね。地球なら海賊扱いで撃沈よ?」
 イネス・フレサンジュが皮肉げに目を細める。ユリカが苦笑して見せた。
「それはその、東インド会社の武装商船と同じと言うことで」「植民地政府の意向などどうでもいいと?」「いやはや、そこまではっきりおっしゃられると角が立ちますなぁ」
 プロスペクターは否定しない。スキャパレリ計画(プロジェクト)の最大の目的である、火星北極冠遺跡(イワト)の奪還のためには、現地政府の意向など大した問題ではないのだ。それに、ナデシコが北極冠遺跡(イワト)を奪還すれば、結果として火星から木星蜥蜴が駆逐されることになる。感謝こそされ、詰られることはないはずだった。
「まぁ、いいわ。あなた達は今の火星の状況を知らないのですもの」
 イネスがパチンと指を鳴らした。エリス・ティタニア中尉がどこからともなくホワイトボードを用意する。
「だったら、説明しないわけにはいかないわね」「・・・もしかして、説明が好きなの?」「そこ、話の腰を折らない」「はぁい」
 メグミ・レイナードはちらりと舌を出した。
 視線が集まるのを心地よく受け止めると、イネスは切り出した。
「現在、火星政府は木星勢力と休戦状態にあるわ」
 その言葉はゆっくりと、艦橋(ブリッジ)に響き渡った。
「「「「「ええー!!」」」」」





3.

 赤い酸化鉄混じりの大地を歩き回る。
 さんざんに探し回ってようやく見つけたユーチャリスの居住ブロックの入り口は、大きく口を開けて真っ黒に焼けこげていた。それは、素人のテンカワ・アキトの目から見ても、生存の望みはないと感じ取れた。
 だが、それを目の前でライトを片手に一生懸命中を覗き込んでいる少女に伝えるには忍びなかった。
「あのさぁ・・・」「そろそろキャンプにしましょう」
 アマノガ・ルリがなんでもないように振り返る。アキトは彼女が落ち込んでいたらどんな言葉をかければいいんだろうなんて悩んでいた自分に腹が立って、思わず言葉が喉を突いて出た。
「これじゃ、誰も助からなかっただろうな」
 その刺を含む言い様にルリが眉を顰めた。が、とりあえず、アキトの誤解を解くために説明する。
「これは違います。おそらくは証拠隠滅のために焼夷爆薬(テルミット)を仕掛けたのでしょう。木星勢力の無人兵器はそんなことしませんから」
 だから、これは違うんです。
 そんなルリの想いがアキトに響く。そこに込められた深い心情に、なぜかアキトは悔しくなった。ルリは気づかず続ける。
「特に人骨なども確認されませんでしたから、おそらくは外部から訪れた人物が居住ブロック内の情報を木星勢力に明け渡さないために灼いたのだと思います。
 そんなことをするのは、この艦の価値をよく知っている人だけです」
「でも、たかが宇宙船一隻なんだろ?」「・・・」
 ルリは答えない。居住ブロックの入り口からゆっくりと下りると、擬装用のシートを被せた2機のエステバリスの元に歩き出した。
「待てよ!」
 アキトも慌てて追いかけた。
 なんとなく無言で横に並んで歩く。日も落ち、夜空にうっすらとナノマシンが輝いていた。
「テンカワさんはご両親のことを憶えてますか?」
 ぽつりとルリが尋ねた。アキトはゆっくりと首を振る。
「厳しい親父だったことを憶えてる。母さんは真面目で優しい人だったかな。
 昔、ユリカの奴に連れられて工事現場に入り込んで遊んでいたとき、ユリカがショベルカーを動かしちゃったことがあってさ。その時、思いっきり殴られたよ。
 でも、その時は叱られたことよりも、信じてもらえなかったことよりも、何もできなかったことが悔しくて、泣いたなぁ。結局、こんなものまでつけちまって…」
 アキトは懐かしそうに手の甲に現れているIFSの紋章を見つめる。ルリはアキトの横顔を見上げた。
「ご両親が何を研究していたのかはご存じですか?」「いや。・・・アンタは知ってるんだろ?」
 ルリは頷いた。
「テンカワさんのご両親はボソン・ジャンプと呼ばれる現象の研究の第一人者でした。お二方はボソン・ジャンプの存在を一般に公開するべきだと主張して当時のネルガル会長と激しく対立し、殺害されました」
「なん…だって?」
 愕然とした表情でアキトがルリを見つめる。ルリはまっすぐにアキトの瞳を見つめていた。
「宇宙港で起きたクーデター騒ぎ。その直前の航空宇宙軍火星駐留軍の削減。そのすべては、大規模な事件によってお二人の殺害の目的を攪乱するための偽装に過ぎません。ネルガルはお二人を殺害するためにクーデターを演出したのです」「・・・」
 アキトは言葉をなくして右手で頭を掻いた。
「ちょ、ちょっと待てよ。アンタは親父達を殺すために、ネルガルが火星でクーデターをでっち上げたって言ってるのか? 馬鹿なこと言うなよ! 親父達は確かに優秀だったかもしれないけど、そんな、クーデターを起こしてまで殺されなきゃならない訳なんてないだろ!?」「ネルガルにはありました」
 声を張り上げて問いかける。だが、アキトの目の前の少女はじっと彼を見つめたまま淡々と答える。
「そして、それは決して過去のことではありません。今起きている戦争も、ここから始まる悲劇も、すべてがボソン・ジャンプ、その一点に通じているのですから」「冗談だろ・・・」
 アキトは笑い飛ばそうとして、失敗した。
「親父達は確かにそのジャンプって奴の研究をしていたのかもしれないけど、そんなこと俺には関係ない! 俺が火星に来たのは――」「テンカワさんはどうやって地球に現れたのです?」
 金色の瞳が逃さぬようにアキトを捕らえる。アキトは息苦しさすら憶えた。
「直前まで火星にいたテンカワさんが、アイちゃんと一緒にいたはずのテンカワさんが、どうやって地球に来たと思うのです?」
 アキトは耐えきれなくなって顔を背けた。
「・・・それが?」「そうです。テンカワさんはボソン・ジャンプをして、火星から地球へ跳んだんです」
 顔を背けたアキトの耳に、砂を掻き分ける足音が響く。いつの間にか立ち尽くしていたアキトを置いて、少女はエステバリスに歩み寄ると、キャンプ用具を取り出していた。もう、いい時間だ。とはいえ、ここは敵地の真っ直中だ。晩ご飯のために火を使うような贅沢はできない。
 周囲に警戒用センサを配置し、熱放射の低い加工を施してあるテントを二つ、水色のエステバリスの陰に隠れるように組み立てる。光が漏れないようカバーを用意して、ルリはナデシコ食堂のホウメイさんに用意して貰った食事を取り出した。弁当の容器の底のレバーを曳いて、暖め直す。
 アキトはゆっくりと近づくと、手近な石にシートを敷いて座った。
「夕食なら俺が作ったのに…」
 何となく自分の存在意義を否定されたような気がして、アキトはぼやいた。
「すみません。ですが、ここは敵地ですから」
 そういってルリはアキトの分を差し出した。
 伸ばした手が触れる。そのしっとりとした冷たさにアキトは二人きりだという事実を意識した。
「あ、ああ。・・・けど、何で俺だけ?」「ボソン・ジャンプの触媒にチューリップ・クリスタルと言う特殊な素材が使われます。きっとテンカワさんはご両親からそれを受けとっていたからではないでしょうか?」「ああ、あのペンダントの石が…」
 アキトは胸元のペンダントを意識した。なくなってしまった石。きっとそれが彼女の言うチューリップ・クリスタルだったに違いない。
「ご両親の遺志がテンカワさんを守ったんですね」
 優しい声がアキトの心に染みこむ。アキトの視界がぼやけた。
「でも、俺だけ・・・俺だけ助かって、・・・一緒にいたアイちゃんは…」「大丈夫です。会えますよ」「え?」
「今すぐというわけにはいきませんけど、いずれまた、会えます。
 だから、テンカワさん、あなたは生き残ったことに罪悪感を憶えなくてもいいんです。あなたに生きていて欲しいと願った人たちの想いが、あなたを守ったんですよ」
「・・・俺は…」
 アキトはもう、双眸から流れる涙を堪えることができなかった。アマノガ・ルリに見守られて、アキトは火星の大地に涙を流す。赤い大地に零れた涙が黒く染みこんでいった。
 静かにアキトを見つめていたルリだったが、鋭い電子音にはっと頭を上げた。
「テンカワさん!」「な、なんだよ」
 ルリはアキトに声をかけると、エステバリスに駆け上がった。微かな大気の振動が鼓膜を打った。これほど接近するまでどうして気がつかなかったのか。そんな思いがルリの頭を奔った。
 暗く巨大な影が星空を隠す。
 最悪の予想に、二人は空を見上げた。
「きょっほーい♪ アキト♪ アキトぉ♪ やっぱり心配だから、飛んで来ちゃったぁ」
「・・・ばか」
 安堵と共にルリの口から懐かしい言葉が零れる。
 その口元は愛しそうに綻んでいた。





4.

「と、言うわけで、現在戦線は火星の赤道を挟んで休戦。赤道上のマリネリス市は双方の合意によって、非武装の無防備都市を宣言しているわ」
 イネス・フレサンジュは手短に火星での戦闘の経緯をまとめると、艦橋(ブリッジ)に並ぶクルー達を見渡した。
「火星植民都市連合政府が皆さんに火星に降下していただきたくなかったのは、木星勢力を刺激したくなかったためです。我々は現在の停戦は一時的なものでしかなく、本格的な休戦交渉のための平和の前払いでしかないとの認識で一致しております。その状況下で地球軍艦艇を迎え入れるという行為は、木星勢力に対する挑発行為と取られかねません」
 捕捉するようにフェイエン・ノール火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)中佐が言葉を告げる。
「要するに、とっとと帰れと?」「そゆこと」
 フクベ・ジン退役中将がふさふさの白い眉を動かす。
「だが、ドクター。我々はこれまで木星蜥蜴とのあらゆる戦闘に勝利を収めてきた。火星を一気に解放することも可能だ」「無理ね」
 ゴート・ホリィの言葉をイネスは一言で切って捨てた。そして、視線をプロスペクターに向ける。
「彼らに説明してあげたら? 彼らが今、乗っているこの艦を計画・設計したのが誰かを」
「ドクターはですな。火星でナデシコの開発を担当されておられまして」「そう。ナデシコの開発者として言わせて貰うけど、この船だけじゃヤツらに勝てない。・・・そのことは開発者の私が誰よりもよく知ってる」
 それはナデシコの乗組員達に向けた言葉ではなかった。この一年もの間、彼女たちが多くのものを救うことができずその両手から零してきた者達に向けて伝えたい言葉だった。
 だが、だからこそ、彼らには理解できなかったのだろう。
「ミナトさん!」「なぁに、艦長?」
 激しい決意を込めたミスマル・ユリカに、操舵士のハルカ・ミナトが振り返る。
「針路をユートピア・コロニーに向けてください。速やかに、テンカワ・アキト、アマノガ・ルリの両名を回収します」
「「「艦長!!」」」
 イネス・フレサンジュが頬を引きつらせながらユリカを見つめた。
「どういうつもりかしら? あなた、本当に状況を理解しているの?」
 フェイエン・ノールの腕がショルダーホルスターに向かって、止まった。プロスペクターがその動きにちらりと警備主任のゴートに視線をやる。ゴートが頷く。ゴートは彼女たちが降りた後のシャトルに、パイロット以外の要員が残っていないことは確認済みだ。
 つまり、軍事的に彼女たちにナデシコを止める方法はない。
 視線の先でミスマル・ユリカははっきりと頷いた。
「もちろんです。
 そんな、いくらルリちゃんがユリカの義妹(いもうと)だからって、誰もいない荒野に二人っきりなんて許せません!」
「「「「「「ちがーう!!!!」」」」」」
 みんなの心がひとつになった瞬間だった。


 作戦指揮所のスクリーンの一つに示されていたひときわ大きな点が、北上を開始していた。
 その動きはマリネリス・シティを回り込むように、オリンポス山方面へ向かうようだった。
「やはり、彼らの動きを止められませんでしたね」
 エマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領はひとつため息をついた。だが、すぐに指示を出す。
「直ちに木連に対して警告を発してください。地球連合船籍の軍用艦が我々の制止を振り切って北上を開始したと」
「航空隊の出動はどうしますか?」「出してください。とりあえずは、警告射撃までで止めるように。それから、わかってますね」「火星全土での総攻撃に対する警戒ですね。了解しました」「お願いします」
 制服組が敬礼すると、すぐに指示を出していく。エマニュエルは振り向いて尋ねた。
「どうでしょう?」
 視線の先にポニーテールのアジア系と思しき少女と黒いバイザーで目を覆った男が立っていた。
「火星に関しては、ほぼそれで充分でしょう。あとは地球連合に抗議してネルガルの非道を訴えるというところですね」
 こよみはガドナス大統領の行動にほぼ満点の評価をつけた。
「これで火星軍がネルガルから接収した在火星ネルガル資産を返却しない理由ができます。火星はネルガルに対する負債をほぼ帳消しにできることでしょう」「後は、ドクター次第か」
 テンカワ・アキトの言葉にこくりとこよみが頷いた。


 ナデシコが軍事休戦ラインに差し掛かろうとしていた。
 すでに、ナデシコに追随するように火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の航空隊が二個航空隊を投入してナデシコの脚を止めようとしていた。ナデシコはそれを振り切るわけでなく、ただひたすら北を目指す。
 火星軍のチグリフォーンII型も威嚇射撃しかできない現状ではナデシコを具体的に止める方策がなく、ナデシコのディストーション・フィールドに圧力をかけるのが精一杯だった。
「いっぱい来てますなぁ」
 プロスペクターが硬い表情のフェイエン・ノール中佐に話しかける。フェイエンは憮然とした表情を隠さず、視線を向ける。
「あれは火星軍の機体ですかな?」「そうだ。チグリフォーン22型。我々火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の主力制宙戦闘機だ」「あちらの丸いリングを背負っているのは?」「あれはコレオプテール1型。実戦航空隊を編成中の戦闘攻撃機になる」
「なるほど、なるほど」
 感心するようにプロスペクターが頷く。
「火星も変わりましたなぁ。これほどの機体を自作するようになるとは」「できなければ死ぬ。それだけの日々だった」
 プロスの示す感慨も斬って捨てる。フェイエンはちらりと、エリス・ティタニア中尉と視線を交わした。もうすぐ、休戦ラインを越える。
「それでは、我々はこの艦を退去させて貰おう。これ以上、この艦と行動を共にするのは休戦協定違反になる」「そうね。潮時かしら」
 イネス・フレサンジュが軽蔑したように周囲を見回す。ナデシコ・クルーでその視線に顔を背けずにいられたのは、ごく少数だった。
 だが、その3人の前に、赤いチョッキの男が立った。
「お待ちください。火星軍のお二方はともかく、ドクター・イネス・フレサンジュはこのままナデシコにお残りいただけませんか?」
「なんですって?」「!!」「・・・」
 フェイエンは周囲を鋭く見渡す。ガタイのいい警備主任がブリッジ奥のドアを、パイロットと思しき4人がステージ最下段の出口を押さえていた。
「それは一体どういうつもりだ?」「あ、いえ、誤解のなきように」
 右手を胸元に彷徨わせて尋ねる。プロスはにこやかな笑顔で両手を開いて見せた。
「お二方は火星軍の軍人ですから、退艦していただいて結構です。ですが、ドクター。あなたはネルガルの社員としての契約がおありのはず。本社からもぜひドクターを無事地球に連れ戻って欲しいとの要望がありまして、はい」
「あら、今の私は火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の軍属よ。徴用令に基づいて火星政府から軍に配属されているの。だから、ネルガルの社員ではないわ。異議があるのなら、火星政府に申し立ててちょうだい」
「そうしたいのは山々ですが」
 プロスが額の汗をハンカチで拭きながら、申し訳なさそうに告げる。
「現在、火星政府との関係は決して良好とは申せませんので、このような強硬手段を持ってドクターの保護を行うしか」「フン、保護、ね。関係を一方的に悪化させたのはあなた達でしょう!」
「なんか私たち悪役みたいですね」「悪役だな」「民衆の敵ってヤツ?」「上杉謙信、信州の敵〜」
 下の方でこそこそと隠す気のない話し声が響く。
「まもなく休戦ラインです」
 ホシノ・ルリがなんでもないような口調で伝えた。
「と、言うわけで、ドクターには残っていただきたいのですよ」
「「「・・・」」」
 イネスとフェイエンが視線を交わす。フェイエンは腕をおろしてエリスに着いてくるよう告げた。プロスが道を開ける。
「あなた達、すぐに後悔することになるわよ?」「ははは、ドクター、大船に乗った気でいてください」
 結論は出た。ゴートが彼女たち二人を連絡艇(シャトル)まで送るべく、立ち上がる。
 その時、フクベ・ジン退役中将がプロスペクターを呼び止めた。
「よいかな?」「はい。なんでしょう?」
 プロスは振り返ると老提督ににこやかに問いかけた。フクベは一歩前に足を踏み出した。
「儂も彼らと一緒に行こうと思っておる」「なんと!?」
 驚きにプロスが声を上げた。何事かと、前をゆくフェイエン達も振り返る。
「お待ちください、提督。火星に残られては提督の身の安全が」「いいのじゃよ」
 フクベは懐かしそうにナデシコの艦橋(ブリッジ)を見回す。
「儂のような老人がここでできることはもう何もない。だからせめて、儂は儂が守ろうとして果たせなかった人々と歩みを共にしたいのじゃ」「待ってください。私たちには、いえ、私にはまだ提督のお力が必要です!」
 ようやく状況を把握したのか、ミスマル・ユリカがフクベに振り返る。フクベは微笑むとゆっくりと首を振った。
「いいや、艦長。君にならわかっているはずだ。自分のなすべき責務を、速やかになす。それが軍人という者だと言うことを。
 あとのことは、あのうら若き君の義妹(いもうと)に任せよう。艦長、君と彼女であれば十分この艦の責務を果たすことができるはずだ」
 立ち上がる。フクベ・ジン退役中将は、自分の采配ミスで多くの死者を出した火星の生き残りの元へ向かうべく立ち上がった。
「中佐、老骨だが、よろしく頼む」「ハッ!」
 フェイエン達は踵をそろえて敬礼する。フクベはゆっくりと答礼して答えた。そして振り返る。
「艦長、忘れてはならんぞ。この艦は君の艦だ。そのすべての責任は、ただ一人。君だけが背負うのだと言うことを」「提督!」
 ユリカの半分悲鳴にも似た声が挙がる。艦橋(ブリッジ)にいた乗組員達はこの老提督の存在がどれほど暗に艦長を支えていたのかを知らされるようだった。
 扉を前に、フクベは艦橋(ブリッジ)を、乗組員達の一人一人を見つめた。
「未来を作るのは、自分自身の未来を築くのは、君たち自身だ。決して、人任せにできることではない。
 世話になった。
 いざ、さらば」
 敬礼する。
 フクベは背筋を伸ばすと、火星の軍人二人に声をかけた。
「それでは、行くかの」「「ハッ!」」
 老人の背中が閉まる扉に遮られて消えた。
「元地球連合航空宇宙軍、内惑星系艦隊集成第一艦隊艦隊司令フクベ・ジン。閑職に回され英雄にでっち上げられたあげくに軍を放り出されても、なおその気炎衰えず、といったところね」
 ぽつりとイネスの言葉が艦橋(ブリッジ)に響いた。





5.

 回収されたテンカワ・アキトとアマノガ・ルリの両名は艦橋(ブリッジ)に呼び出されていた。
 艦橋(ブリッジ)へと足を速めるルリは艦内の浮ついた空気に小さく小首を傾げた。アキトがちらりと見た食堂の方ではなにやら話し声が響き、通り過ぎる乗組員達も明るい表情だ。
『アマノガ大尉、ブリッジ・イン』『料理補助員(コック)テンカワ・アキト、ブリッジ・イン』
 オモイカネが二人の入室をウィンドウで告げる。
 見渡す艦橋(ブリッジ)の様子が余りに自然で、ルリは気づかずステージ最上段の艦長席を見上げた。
「あら、この娘が艦長ご自慢の義妹(いもうと)というわけ?」「ドクター・イネス・フレサンジュ?」「うっわぁ・・・」
 いつの間にか、ひとりの妙齢の女性がルリとアキトの前に立っていた。ルリのつぶやきにイネスがどことなく納得したような表情で視線を隣に移す。
「それで、彼は?」「お、オレっすか?」
 アキトは凄みのある美人に見つめられて、あたふたと慌てふためく。
「俺、テンカワ・アキト、コックっす」「そう。私はイネス・フレサンジュ。火星植民都市連合、輸送通信省外局、五種交通局主任研究員をしているわ」「なんか、すごいっすね」「あら、ありがと」
「ちょっと待ったー! 二人とも近づきすぎ! ぷんぷん!!」
 一歩一歩、アキトと見つめ合ったまま顔を近づける二人を、艦長のミスマル・ユリカのウィンドウが割って入った。
「あら、この子、艦長さんの恋人?」「ち、ちが――」「きゃー♪ そうなんです。アキトったら照れ屋でみんなに紹介してくれないんだけど、やっぱりここはひとつ男の子からばしっと」「かんちょ、じゃま」
 ホシノ・ルリが少し頬を膨らませて、ユリカのウィンドウを落とした。イネスがアキトの隣に立つアマノガ・ルリに訳知り顔で笑みを浮かべた。アマノガ・ルリはちらりと一瞥しただけで、ユリカに問いかける。
「この方はどういう経緯で?」「はぁ、それがですな・・・」
「脅迫されたのよ。逃げたら連絡艇(シャトル)を帰さないぞって」「?!」「!!」
 イネスの説明に驚いたようにアマノガ・ルリは赤いパイロットスーツを着た黒髪の少女、イツキ・カザマ中尉を見た。イツキが申し訳なさそうに頭を下げる。
「どういうことなんです?」
 ルリはもう一度、艦長のユリカに説明を求める。
「あのね、おっきなルリちゃん。火星と木星蜥蜴さんて今、休戦中なんだって」「なんだと!」「・・・」
 アキトが怒りの視線をイネスに向ける。だが、ルリは何事でもないように頷いた。
「そうですか。火星は木星勢力とのコンタクトに成功したのですね」「あら、冷静ね」「予想はしていました」
 視線が集まる。ルリは特にアキトからの怒りの視線を感じながらも伝える。
「この時期まで火星の生存者がいると言うことは、なんらかの外的な存在によって木星勢力を駆逐したか、もしくは、白旗を揚げたかのどちらかの可能性が高いと思っていました。ですから、火星政府がナデシコの火星入りを拒む要求を受け入れるわけにはいきませんでした」
「ふーん・・・」
 火星へ強行突入した理由のひとつ、それは火星が木星勢力に寝返った可能性もルリは疑っていた。あのまま火星側の要求に従っていた場合、ナデシコを奪いに来た木連の無人兵器に囲まれるという事態もあり得る。みすみすナデシコを木星勢力にくれてやる訳にはいかない。あくまでも、火星調査の主導権をナデシコが保持し続けることは、ルリにとって優先されるべきものだった。
「アンタ、俺の故郷の人たちを疑っていたのか!」「私は起きている現象以外の何も信じません」「な!?」
 アキトは絶句する。
 ルリはアキトに構わず首を傾げた。
「それで、どうしてこんなに険悪な雰囲気なんですか?」
 その問いかけにイネスが凄みのある笑みを浮かべて見せた。
「説明してあげましょうか。どこかのお馬鹿な艦長さんが、あなた達二人を回収するために、こんな目立つ巨大な戦艦で、火星=木連間の軍事休戦ラインを突破してくれちゃったのよ。木星側にね」
 ルリはイネスの言葉に素早くスクリーンを見上げた。現在の位置はユートピア・コロニーの南西100キロの場所だ。ユリカが以前、避難民達を死なせてしまった場所とは遠く離れている。
「休戦ラインはどこに?」「赤道よ」
 ユートピア・コロニーは火星の北緯50度に位置している。すでに2000キロ以上侵入を果たしていた。
「いったい、なぜ…?」「え? だって、ナデシコは火星救援に来たんだよ。プロスさんたちの思惑はあるにしても、ここで一気に解放しちゃえばいいかなって」
 ルリの驚きに艦長席からユリカが首を傾げる。ルリにはそんなユリカが誰なのかわからなかった。
 この人はいったい何を言っているのだ。
 痺れるような気持ちで見つめる。ナデシコが本格的に木星蜥蜴と交戦したことなどない。それは、これまで戦闘した状況はあくまで地球の勢力圏内での戦いであり、木連の本来の主力である無人戦艦群は投入前に惑星間空間という断絶を乗り越えて来なければならないからだ。当然、地球側も木連艦隊の接近に合わせた戦力集中を行っており、現在の月軌道戦線が保持されている。
 地球圏では濃密な大気圏の中と言うこともあり、戦闘の主軸は小型の無人機動兵器だ。もちろん、そんな相手にナデシコが苦労するはずはない。つまり、ナデシコが木連軍に対してどこまで有効なのか、まだわかっていないという評価こそが正しい。
 それがわからないユリカさんのはずがない。
 そう。おそらく、懐かしいこの艦の空気に浮かれていたのだろう。ルリは完全に忘れていたのだ。今、目の前に立つ女性は練達の指揮官であるあのミスマル・ユリカではない。
 つい先日、士官学校を卒業したばかりで、ろくに戦闘評価も行っていないペーペーの少尉なのだということを。
 唇を噛みしめる。
 嬉しかったのだ。楽しかったのだ。この日々が。
 懐かしく幸せだった日々が、何より大切だったのだ。
 苦い思いと共に、ルリは言葉を絞り出す。
「義姉さん、すぐに大気圏外に――」「敵襲。大型戦艦五、小型戦艦三〇」「フレサンジュさん」
 ユリカが意志を持った瞳でイネスを見つめる。彼女を説得するには何よりも実績あるのみ、瞳がそれを証してみせると伝えていた。ルリは絶望にも似た縋るような瞳でそんなユリカを見上げた。
「グラビティ・ブラスト、フルパワー!」
「フルパワー、オッケー」「グラビティ・ブラスト、エネルギーチャージ」「義姉(ねえ)さん、駄目です!」
 アマノガ・ルリの制止を振り切ってユリカが叫んだ。
「撃てー!」
 ナデシコから漆黒の輝きが展開した木星勢力の無人艦隊を包み込んだ。激しい爆発がスクリーン一面に広がる。
「やッたー・・・」「「「「ふぇぇぇぇぇ?」」」」
 だが、光が収まったスクリーン上には多少、数が減少しているものの、変わらぬ敵影が映し出されたままだった。前方に展開していた小型艦がナデシコの重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)の威力を吸収したのだろう。敵の大型戦艦にはなんの損傷も見受けられなかった。
「グラビティ・ブラストを持ちこたえた!!」
「敵もディストーション・フィールドを使ってるの。お互い一撃必殺とはいかないわ」
 驚愕するユリカに当たり前のようにイネスが解説してみせる。イアリングに付けられた青い宝石が揺れた。
「四〇キロメートル前方、チューリップより敵戦艦続々増大」「義姉(ねえ)さん、早く上昇を」
「なによあれ、なんであんなに入ってるの?」「入ってるんじゃないわ。出てくるのよ。途切れることなくあの巨大な戦艦が遠く木星系から時空を越えて」
「敵なおも増大」
 呆然と立ち尽くすユリカに、戦闘アドバイザーのゴート・ホリィが叫んだ。
「敵のフィールドも無敵ではない。連続攻撃だ」「ぁ、はい。グラビティ・ブラスト、スタンバイ!」「無理よ」
 慌てて命令するユリカに操舵士のハルカ・ミナトが振り返る。
「ここは真空ではない。グラビティ・ブラストを連射するには相転移エンジンの反応が悪すぎる」
「どうする?」「私たちが出ても、挽肉にされちゃうよね」
 前方では、斉射に備え敵艦隊が戦列を組みつつある。見渡す限りの砲口がナデシコに向けられていた。
「ディストーション・フィールド、展開!」「フィールド展開。敵艦停止。来ます」
「総員、耐ショック!」「敵艦に重力波反応」
 ユリカが真っ青な顔で叫んだ。次の瞬間、激しい衝撃がナデシコを幾度となく揺さぶった。周囲の大地に突き立ち、砂煙を上げて、ナデシコの空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を突き破ると、ブレード各所や機関部に爆発が発生した。
「応急!」「ユリカさん!」「直ちに上昇! 全速で後退」「敵艦、上方に回り込みつつあります。敵第二陣前進」
「敵との距離を取ります」「敵第二列発砲。第三陣前進します。なお、敵後方に無人機動兵器多数出現」
 後退するナデシコを再び、無人艦隊の砲火が打ち据える。繰り返し、繰り返し、ただ巨大な拳に殴られるように、ナデシコは絶え間ない砲火に晒され、なすすべなく傷ついていった。
 ただ、ひたすらよたよたと逃げ回る姿はまさしく敗残兵そのものだった。
「いずれにせよ、あなたたちは英雄にはなれなかったわね…」
 逃げまどう。
 ただ生き延びることに必死な艦橋(ブリッジ)に、イネスの言葉が冷たく響いた。



 それは、いつか見た夢
 いつかの想い出、かつての事実
 突きつけられる現実に、言葉をなくし
 ただひたすらに、打ちのめされるのだ





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あとがき

 うぎゅ。おひさ。
 次でようやく合流です。第七話でいったん区切ります。その後、八ヶ月の空白です。
 であであ。