Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第七話 Aパート

 『赤い大地に「謳う歌」』


1.

 白い波が押し寄せては返す。
 2197年2月を迎え、北半球はすっかり冬支度を、そして南半球では夏の日差しが眩しい季節をそれぞれ迎えている。
 しかし、ここ常夏の島、テニシアン島はそんな世界とは関わり合いがないかのように、いつもと同じ眩しい日差しが照りつけていた。
 白いスカートを翻して、少女が振り向く。
 柔らかな金色の髪が肩先で揺れて、蒼い瞳が口元に浮かんだ笑みと共に彼らに向けられた。
「先頃お渡しした『マルシュアス』で五隻目。エンディミオン・シリーズも航空宇宙軍にお引き渡しした数の半分を火星軍にお渡ししたことになりますわ。私どもとしましても、そろそろ正当な対価をお支払いいただかないと、困りますの」
 優しい瞳で、楽しそうに、求める。
 アクア・クリムゾンは嬉しそうに車椅子に乗った男と、幼生固定体(エンブリオ)の少女を見つめた。
「そうだな。エンディミオンを受け取って三ヶ月が経つ。そろそろ頃合いだろう」
 黒いバイザーに表情を隠した男が答える。その答えに不穏なものを感じて、だが、アクアは期待を持って笑みを深くする。
「あら、期待してもよろしいのかしら」「ああ。ちょうどいい頃だ」
 ちらりと、視線を隣の少女に投げる。車椅子の左の腕に肘をついた少女が右手を掲げて肯定する。アクアはそっと視線を地面に落とし、二人と自分の位置関係を確認した。バックアップからの狙撃の斜線は通る。海には木連から譲り受けた無人兵器が忍ばせてある。この海岸線にはいくつものミニ・バリア発生装置が埋め込まれており、今自分がいる場所も、必要に応じてすぐに彼らとの関係を絶つ障壁を生み出すことができる。布陣は万全だ。
 それでも、それ以上のことをしてみせると言うのであれば、アクアは見てみたかった。すべての困難を凌駕して自分に迫ることができる存在の姿を。
「そう。では、示して」
 それは世界を背に君臨するものからの命令だ。ただ一人、自分という世界に君臨する自らの女王の言葉。
 その言葉を受けて車椅子の男の腕が上がった。今まで椅子にもたれかかったまま、だらりとなすがままになされていたはずの男の腕に、明白な力が込められ、ゆっくりと上がる。それは明らかに何かを招く合図だった。
 アクアの目が見開かれる。
 ひときわ大きな波が、浜辺に打ち寄せられる。
 その揺らぎは微かに、やがて、定期的に波を掻き分け、自然に反逆した人工の痕跡を顕わにする。
 そして周囲に煌めく、明らかに日差しではない何かの輝き。
 ざわざわと水を掻き分けるような、いや、海へと視線を投げたその先に、実際に海を掻き分けて生まれた暗い闇の中から、輝くボソンの光を放って、一隻の巡航艦(クルーザー)が現れた。
 見慣れた細長い船体、艦体に突き出た三叉の竜骨、だが、アクアがこれまで見たことのないリングのような翼が、その三叉の竜骨に支えられて広がっていた。
「エンディミオン!!」
 横向きに現れた巡航艦(クルーザー)エンディミオンが、アクアの叫びに招かれたようにぐるりと艦首をアクアに向けた。
 以前にはなかった連装のグラビティ・ブラストと思しき砲口が艦首の両横に伺える。三叉の竜骨に支えられた少し潰れた楕円形から、バランスを取るように左右に翼が開き、赤と白の艦体は夏の日差しを浴びて華のように誇らしく花弁を広げていた。
「アクア・クリムゾン、約束の対価を支払おう。
 相転移機関の技術者とその家族をあなた方、クリムゾンに預ける。
 そして、我々火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)は、アクア・クリムゾン、あなたを火星に招待しよう!
 この招待、受けてもらえるか?」
 ATと名乗る男が、車椅子から立ち上がった。そして、招くようにアクアにその黒に包まれた腕を伸ばす。
 その吸い込まれるような誘惑に抗しきれなくて――いや、アクアはわかっていた。自分は始めから抵抗するつもりなどいっさいなかったのだ――誘われるままにアクアはそのほっそりとした(からだ)を男に投げ出した。
「素敵な招待。喜んでお受けいたしますわ」
 アクアは男の逞しい胸に縋るように抱きついて耳元に囁いた。


 ちなみに、男は後ほど説明おばさんとちんちくりんの少女、そして、嫉妬に狂った男どもによって半死半生の目に遭わされることとなる。





2.

 機動戦艦ナデシコは追いすがる木連軍無人艦隊をグラビティ・ブラストの広域放射によって足止めすると、その隙に包囲網を突破した。
 しかし、総勢二百隻を超える無人戦艦群による攻撃に、いかに木連軍の無人戦艦を圧倒するべく建造されたナデシコも被害を受けずにはいられなかった。むしろ、あれだけの規模の攻撃を受けながら未だ浮かんでいる事実をこそ、ナデシコの開発陣、造艦チームは誇るべきだろう。
 ただ、現実にぼろぼろになってしまった艦の乗組員としては、彼らを待ち受ける未来に暗いものを感じずにはいられない、はずだった。
「3」「2」「1」
「どっかーん!!」「「わーい!!」」「なぜなにナデシコ」
「おーい、みんな、集まれー! ナデシコの秘密の時間だよ♪」「あつまれ〜(棒読み)」
 いや、そんなもの微塵もなかった。
 ナデシコ艦内にあちらこちらにウィンドウが広がる。
「この中でもっともエネルギー準位が高い水槽はどれ?」「あはははは、ボク、なにしろうさぎだしー」
 説明お姉さんの格好をしたホシノ・ルリは耐えきれなくなってビデオ・カメラに背を向けた。そして、そのまま一気に台詞を読み始める。
 ぱんぱんぱん。そんなルリをイネス・フレサンジュが手を打って止めた。
「ちょっと、ホシノ・ルリ。ナデシコのよい子達が見ているのよ。台本通りおやりなさい。
 はい、にっこりこっち向いて。おねぇさーん」「・・・」
 ルリが照れながらカメラを横目で見る。
「この馬鹿騒ぎの意味はなんだ。フレサンジュ」
 駆けつけてきたゴート・ホリイが扉を開けて睨み付けた。



 ボソン通信機を挟んで木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球連合と火星植民都市連合の代表同士が向かい合っていた。
 議題はもちろん、火星=木連間の軍事休戦ラインを越えて戦闘行為を行った地球連合船籍の戦闘艦ナデシコについてだった。
『地球軍に属するとはいえ、戦闘艦の休戦ラインの越境、敵対行動は、明らかな休戦協定違反と判断する以外にありえない』
「待ってくれ! それはあくまで、地球軍艦艇が独断で行ったこと。我々火星は提出した資料が示す通り彼らを説得するべく充分な努力を払っている。これをもって我々が協定を違反したと評価するのはいささか恣意的にすぎる!」
 ヤシマ・マゴロクは両手を広げて問いかける。ボソン通信機の向こうでは白い軍服を着た男が腕を組んでいた。
『いや、そもそもこのような事態が起きたこと、それ自体が君たちの責任なのではないのかね?』
 ヤシマが意外な言葉に首を傾げた。
「それはどういうことです?」
『つまり、火星も本当の友人を選ぶべき時が来たと言うことだ』
 正面に腕を組んで座る草壁春樹木連軍中将は確信と共に語りかけた。


「敵のグラビティ・ブラストの集中攻撃を受け、現在エンジンは出力半減。フィールドは弱まり、重力圏を抜けることもままならず。パロディにできる状況にはないと思うが」
「あら、設計責任者としては戦死者が出なかったことを褒めて欲しいくらいだけど?」
 イネス・フレサンジュは肩をすくめた。
「イネス先生を叱らないでください! イネス先生は私が取った行動をクルーのみんなに弁護してくれるおつもりなんです!」
 瞳をうるうると潤ませて、ミスマル・ユリカ艦長がゴートを見上げる。ちなみに、うさぎの着ぐるみを着ている状態で、だ。ゴートが頬を引きつらせた。
「私、私は!!」「「ばか」」
 ホシノ・ルリとイネスの言葉がハモった。
「あなた方がどんな行動を取ったところで、木星勢力との戦争は時間の問題だったわ。地球連合が相転移艦の実用化に成功した以上、戦線は再び内惑星系全体に広がる。彼らはその前に火星を押さえておきたいと思うでしょうね。そうでなくては地球軍の策源地が2カ所になってしまうもの」
 イネスは木星が火星を攻略する理由を歪めて答えた。
 まだ、早い。
 木連による火星攻略。その目的を彼らが知るのは、まだ早かった。
 今の時点で地球連合に遺跡(イワト)の存在を知られるわけにはいかなかった。
「だから、火星側としては今回の件でナデシコを非難するつもりはないわ。ただ、ちょっと考えるべきことが増えただけ。
 例えば、お友達を誰にするか、とかね」


『我々木連は、同じく地球に虐げられし者として火星の独立を歓迎している。
 だが、この戦争が終わっても、地球が諸君らの独立を認めると思っているのかね? それが甘い見込みであることぐらい、君たちも理解しているだろう。そして、地球連合政府が独立主義者に対してどれほど容赦がないか、我々という前例が示している。
 もし、地球連合にそれだけの度量があるのであれば、我々、旧月独立派が火星に逃れるようなことになっていようはずがない』
 草壁中将は自分たちの祖先を例に力説する。しかし、ヤシマは肩をすくめて見せた。
「火星と月では置かれている状況が違い過ぎます。火星でも、頭上のフォボスが質量加速器(マス・ドライバー)を盾に火星に対する独立を宣言すれば、いかなる手段を取ってしても鎮圧せざるを得ません。ですが、火星と地球の関係は月と地球の関係とはまるで違う。地球が火星を敵とするには、もっと差し迫った軍事的脅威が必要でしょうね」
 織り交ぜられた皮肉に通信機の向こうの男が眉を吊り上げた。
『それは楽観的すぎるのではないか? 地球より経済規模に劣る木連に対してすら、一顧だにしなかった地球連合政府が、我々と比べてすら遙かに小さい火星の独立など認めるはずもない』
「既に、地球連合議会の軍事機密委員会からは独立の内諾を得ています。それに小さいからこそ、独立しても既存の経済資本から逸脱することがないため、問題とならないでしょう」
『はて、そうかな。軍人のウソは戦術と呼ぶそうだが?』
「・・・なるほど、認めましょう。地球連合が空手形を出した可能性はありましょう。ですが、交渉の余地もなく都市攻撃を行う方々よりは信用がおけると思われませんか?」
 通信機の向こうで草壁はなんでもないという風情で説明した。
『なに。すでに地球連合に対する宣戦布告は行った後のこと。交渉の成立する段階ではなかったからだ。しかし、今現在、諸君らは地球連合から独立し、自らの政治判断を行うことが可能だ。
 だからこそ、我々もこうして君たちに直接話しかけている。これは火星の安全のために貴重な好機だと確信している。違うかね?』


 なぜなにナデシコの撮影はゴートがカメラマンを担当することで順調に進んでいた。
「この通り、真空を相転移することで発生した熱量を利用して、ナデシコは艦内全体の重力制御、ディストーション・フィールド、グラビティ・ブラストなどふんだんにエネルギーを消費することができるわけ」
 落ち込んでしまったユリカうさたんを余所に、イネスとホシノ・ルリが説明を続けていた。
「でも、そんなすごい発明、誰がしたの? あなた?」
「まさか、誰も発明なんてしてないわ。見つけたのよ」「見つけた?」
 ルリはその言葉の意味に、イネスを見上げた。
「はいはいはい。お疲れお疲れ、ベリベリナイスな番組でした。ゴート君も、お疲れ」「あ、いえ」
 だが、ルリの問いかけを遮るように、プロスペクターが拍手と共に放送室に入ってきた。
「とはいえ、このへんで終わりにしておきましょうか。電気代も馬鹿になりませんから」
 突き出された電卓と共に眼鏡が光る。何も映し出されていない。ただ、イネスにはわかっていた。プロスペクターは相転移エンジンの本当の制作者について知られたくないのだ。
 先ほど彼女たち自身が説明していたではないか。
 無尽蔵に電力が生産できるから、艦内全域を1Gに重力制御できると。
 電気代など、言い訳に過ぎない。今、放送を行っているコミュニケはメイン・コンピュータであるオモイカネを頂点にナデシコ艦内の指揮系統の中枢を担うものだ。コミュニケが利用できなくなったと言うことは、すなわち、ナデシコの艦としての機能が息絶えるときに他ならない。
「まぁ、そういうことにしておきましょうか。私も少し、お腹が空いた頃だし」「それでは、食堂の方へ参りましょうか。ナデシコの食堂はなかなかのものですよ」「あら、あなたがそういうのなら、楽しみだわ」
 イネスはルリとカメラに向かって手を振ると、ウィンドウに落書き調の「おしまい」を出した。
 食堂にはお兄ちゃんがいる。未だ、異常なナノマシンに犯されていない健康体のテンカワ・アキトがいる。イネスが無理にナデシコから降りなかったのは、健康体のテンカワ・アキトの医療データを何とかして入手したかったからだ。そのデータは比較対象としてもう一人のテンカワ・アキトの治療に欠かせないものだった。
「ほんと、楽しみ…」
 不気味な笑みを浮かべたイネスの姿に案内するプロスペクターすら引きまくっていた。





3.

「ようこそ、最前線へ」
 エマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領はヘラス・シティ郊外の火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)基地にジャンプ・アウトした巡航艦(クルーザー)エンディミオンに繋がるタラップの袂で、招待客として招かれたアクア・クリムゾンを出迎えた。
「私は火星植民都市連合大統領のエマニュエル・ガドナスと申します。このように可憐なスポンサーと会うことができて光栄です」
 20メートルほどのタラップから、航宙艦の整備ハンガーに視線を投げていたアクアは火星の風に髪を揺らせながら儚げに振り向いた。
「まぁ、わざわざこのような場所までご足労をおかけしまして、心苦しいですわ。
 初めまして、わたくし、アクア・クリムゾンと申します。お目にかかれて光栄ですわ。大統領閣下」
 アクアがそっと右の繊手を差し出す。ガドナスはその手に口づけすると、腕を組んでエスコートする。アクアの柔らかな腕がガドナス左腕にかけられた。
「ご興味がおありのようですね」「ふふふ・・・、もちろん、そのためにこの火星を訪れたのですもの」
 ガドナスはアクアの視線が航宙艦の造船ドックに向けられていることに気付き問いかける。アクアは楽しそうに頷いた。
 アクアの視線の先には整備を受けているエンディミオンと同様に、奇妙なリングの設置作業を行っている四番艦アスクレピオスの姿がある。その向こう側には、改装のために外板を取り外された五番艦マルシュアスの姿も伺える。
二番艦(アクタイオン)三番艦(パエトーン)の姿が見えないようですけど?」
 こくりと首を傾げる。ガドナスは何でもないように頷いた。
「現在、両艦はデイモスを母港に演習を行っているところです。もうじき、戦力化がなされることでしょう」「そう」
 アクアは目を細めた。
 火星軍は独自の航宙戦略の元、着実にエンディミオン(シリーズ)の戦力化を進めていた。それは、未だ新時代の航宙技術を持て余し気味の航空宇宙軍と異なり、航宙戦術に基づいた装備の要求が見て取れる。
 アクアがここまでのところ見た艦は、ボソン・ジャンプを制御するジャンプ・シップとしての改装をされたエンディミオンとアスクレピオスだけだ。マルシュアスは改装のための準備を行っている状況で、どのような改修をされるとも読みとれない。
 クリムゾン・グループが行き詰まっている機動兵器母艦(バトル・スター)や艦政戦略を火星軍はどのように立てているのか、その一端でも垣間見ることができれば、と考えていたのだが、火星軍もそう簡単にはカードを明かしてくれないようだ。
「ふふふ、それで、これからの予定はどうなっておりますの?」
 楽しそうにアクアが問いかける。知りたいこと、問い質したいことは多い。それを探り、理解するための時間をアクアは心待ちにしていた。
「まずは、会食を。その後、我々の戦略研究所の方で、火星の今後の戦争方針について説明をした上で、双方にとってよりよい未来を迎えるために、いろいろと話し合っていきたいものです」「すてきですわ」
 アクアはガドナスに流し目をくれると、ちらりと、視線を背後のエンディミオンに、その乗務員たちに投げた。
「きっと、いろいろなことをお教えいただけるのですわよね?」
「もちろんです」
 ガドナスは迎えの車にアクアを案内した。ガドナスの手を借りてアクアが車に乗り込む。その上空を四機の機動兵器が飛び回っていた。


 エマニュエル・ガドナス大統領とアクア・クリムゾンを見送って、彼らもまたエンディミオンから続くタラップを渡った。
「しっかし、お人形さんみたいに綺麗な娘だなぁ」
 肩のこりをほぐしながら、エノラ・パーキンスが感心するように見送る。こよみが肩をすくめた。
「中身はぎっしり詰まっているがな」「正直胃が痛いんですけど、オレ」
 胃の辺りをさするエノラに同情の目が向けられる。
「まぁ、アクア・クリムゾンまだまだ経験が足りないな。鋭すぎる。時にはあえて物分かりの悪さを演出するのも手だというのにな。
 それとも、よほど話し相手に餓えていたか」
 そういって意味ありげにこよみは後ろに立つ黒ずくめの男を見上げて見せた。
「勘弁してくれ」『そうですか? あしらい慣れている様子でしたよ?』
 心底うんざりした様子でテンカワ・アキトがぼやく。ウィンドウが開き、オモイカネ・アールがつっこみを入れた。
 巡航艦(クルーザー)エンディミオンの艦橋(ブリッジ)に席を用意して、アクアのお相手を務めたのはアキトだった。無邪気な表情であれやこれやと訊ねる一つ一つにどこまで与えてもいい情報なのか、気の休まるものではない。
 特にジャンプ・シークエンス時にはジャンパーへの指示は別の待機室にオモイカネ・アールのウィンドウを表示し、アキトの思考を中継させている。単純な単語一つを取ってみても、ジャンパーだの、ナビゲートだのイメージングだの、ジャンプの過程を想像させることはできない。
 アクアもわかっているのだろう。
 あえて、問いかけるのではなく、シークエンスの一つ一つを吟味し、こよみやアキトなど、情報を伝えていいかどうか判断できる人物に限って問いかけている。それは、クリムゾン側も火星側との接触に配慮しているという意思表示でもあった。
「どう読む?」
 アキトが問う。
 こよみがエノラの肩によじ登ると腕を組んだ。
「そうだな。確かに、航空宇宙軍側には種を蒔いたが、それでも反応が現れるには早すぎる。クリムゾン内部で何か解決できない問題ができたと、そして、我々との取引を求めてくると踏んでいるんだが」
 火星側が今回、アクア・クリムゾンを招いた理由は、彼らが完全に生体ボソン・ジャンプを制御していることを知らしめ、クリムゾンの火星への関心を維持する目的だ。この後、アクアを彼らの発令所に招き、この蜥蜴戦争を生き残るための長期戦略を説明することになっている。それは、木連軍の再度の侵攻が想定される休戦後も、クリムゾンというスポンサーが火星の生存を絶望的と判断し見限ることのないよう、火星の生存可能性を説明し、火星への投資を引き出す必要があるためだ。
 さもなければ、彼らは木連と取引を行うことだろう。
 まるで、先の見えない綱渡りだとアキトは思う。
 いつ切れるともしれない綱の上を、いつまで渡り続ければ終わりに辿り着くことができるのか、わからずにただ今を風に吹かれるまま、かろうじてバランスをとり続けている。下手に先が見える分、いつ果てるともしれぬ戦いを前に、並の神経では耐えられそうになかった。
 アキトはちらりとエノラの背によじ登った少女を見上げた。
「まぁ、心臓に毛が生えているか」「・・・何が言いたい?」「いや…」
 苦笑する。
 まぁ、この連中となら、それも悪くない。
 アキトはそう思った。





4.

 火星上空の通信衛星を経由して、火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)との接触を持つことができたのは幸運だった。
 単純な一時暗号によって、暗号表を交換し通信する。傍受される可能性を考慮した一時的な処置だ。本格的にデータ通信を行うには、暗号表を手渡しで交換しなければならないが、双方ともにそれほど長話をするつもりはなかった。
「現在ナデシコの状況はよくありません。火星大気圏外への自力での脱出も不可能となりました。そのため、北半球からの脱出を行うには、火星上を移動する以外ありません」
 アマノガ・ルリは火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)戦略作戦局のエレナ・エレシア大尉に告げる。エレシア大尉は頷いた。
『状況は理解します。ですが、現在、火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)も木星勢力による全面的な攻勢に備え、戦争準備状態(デフコン2)にあります。また、政府からも戦争回避のために木星勢力を刺激しないよう通達が出ている関係上、我々としても積極的な支援、つまり、休戦ラインを越えた作戦行動を取ることはできません。皆さんには自力で休戦ラインを突破して頂かなくては』
 事実を報告するようなそっけない返事が戻る。
『また、これは確定的ではありませんが、政府は休戦を維持するために、積極的な行動を取る可能性も考えております。こちらからお伝えできることはそれだけでしょうか』
「いえ、助かります」
『それでは、御武運を』
 接続が切れる。
「なぁに、結局助けられないってそれだけ?」
 ハルカ・ミナトが操舵席で両肘をついて頭を乗せる。アマノガ・ルリは首を横に振って答えた。
「いえ、ナデシコに対して撃沈命令も出る可能性があるから、こちらには来るな、という返答です」
「ええッ!!」「ちょ、ちょっとぉ」
「そんな、確かに火星政府の指示を守らなかったのは確かですけど、いきなり撃沈なんて酷いじゃないですか!?」「そうよねぇ」「・・・」
 だが、声が挙がったのは二人だけ。正規の軍事訓練を受けているパイロットたちや副長からは言葉が上がらない。
「仕方がないことなんですよ。木星側から見れば、休戦中の火星の範囲を超えて、一隻戦艦が現れたっていうことだから。
 もし、火星が休戦を守るつもりなら、この戦艦は反乱を起こしたと言うしかないんです。つまり、政府の指示を受けずに勝手に軍事行動を取ったことになりますから。当然、火星自らの手でしかるべき処分を行わなければ、木星側が納得しないでしょうね」
 副長のアオイ・ジュンが代わりに説明した。アマノガ・ルリも頷く。
「じゃあ、私たちこのままだとみすみす沈められるのを待つだけなんですか?」
「いえいえ、そうではありませんよ」
 メグミ・レイナードの悲痛な叫びに艦橋に入ってきたプロスペクターが答えた。
「ここはやはり、当初の予定通り、北極冠シティのネルガルの研究所を目指すべきです、艦長。あそこならば相転移エンジンの補修部品なども手に入る可能性がありますから」「うーん・・・」
 続いて入ってきた艦長のミスマル・ユリカが腕を組んで悩む。
「ちっちゃなルリちゃん、敵の配置は?」
「本艦を見失った木星蜥蜴は現在、赤道付近に戦力を集中させています。本艦が火星軍勢力圏内に近づく前に包囲撃沈するつもりと思われます」
 先ほどの短い通信の中で送られてきた、木星勢力の軍事展開情報をホシノ・ルリが読み上げた。木星勢力は火星での戦力展開を続々と進めている。それは明らかにナデシコ一隻を撃沈するためには多すぎる戦力だった。
「木星勢力はこれを機に火星を制圧するつもりのようですね」「・・・」
 アマノガ・ルリはため息をついた。
 スクリーンに表示される木星勢力の艦隊は3つの大きな集団に戦力を分割している。その一つ一つが先ほどナデシコを襲った集団の数倍の戦力を誇っている。火星の命運もここに尽きたと言うほかなかった。
「彼らも木星蜥蜴相手に手一杯でしょう。ナデシコが赤道に近づくと、それを機に一気に戦火が広がるのではないですかな」「そうですね」「うーん・・・」
「艦長、いかがなされますかな?」
 考え込むユリカに決断を迫る。その性急な行動に眉をしかめながらも、アマノガ・ルリはユリカの判断を待った。ルリは信じていた。ユリカはきっと正しい判断を取ると。
 ミスマル・ユリカはちらりと義妹(いもうと)に視線を向けると胸を張って告げた。
「偵察隊を出します。パイロット各位は艦橋に集合してください」
 その判断にルリはそっと胸をなで下ろした。
 もう大丈夫だ。ユリカさんはきっともう大丈夫だ。
 きっとルリがいなくなっても、ユリカさんとナデシコはちゃんとやっていけるんだと、確信することができた。
 だから、次はルリの頑張る番だった。
「オモイカネ、できる?」
『出力に若干不安』『制圧範囲は半径20キロぐらい』『上昇できればもうちょっと広がる』
『バックアップはおっけー』
「クス…」
 笑みが零れた。
 きっと、そう、きっとナデシコは地球圏に帰してみせる。
 集まったパイロットたちに偵察ルートを説明するユリカを見つめながら、ルリはそう心に誓った。





5.

『我々木連に火星が加われば、地球連合も自分たちが宇宙に生きる多くの市民の支持を得ていないと理解するはずだ。そのことを地球連合の市民が知れば、次は月軌道に存在する宇宙都市や月の植民都市が後に続こう。
 宇宙は大気に包まれ安穏とした環境に暮らす地球人に理解できる場所ではないのだ。
 彼ら恵まれた環境に暮らす者達が考えた地球での常識は宇宙には通用しない。それを理解せず、現実と乖離した政治を取り続ける地球連合政府に、太陽系全域に広がらんとする人類圏の統治者たる資格はない。
 宇宙は、我々や諸君らのように苦節にまみれた人々による政治主導を必要としているのだ』
 それは立派な演説だとヤシマ・マゴロクは敵ながら感心せざるを得なかった。
 確固とした政治信念、そして、悪とそしられようとそれを貫く意志。この大戦期に現れた指導者として一級の人物なのだと感じる。
 なぜ彼は発言通りの行動を取らないのだろうか。
 惜しいと思う。これだけのことを考えることができる人物が、なぜその通りの行動を取らないのか、と。
 もし、本当にそう思っているのだったら、草壁春樹は直ちに地球圏にその演説を放送するべきなのだ。戦争という手段を取らなくとも、地球=月圏を木連の『プラント』を利用して経済的な援助を与え、分断する手法はいくらでもある。この蜥蜴戦争とて本来ならば回避できる戦争だ。
 地球連合に差し伸べた手を拒まれた。それはわかる。では、なぜ、そのことを地球の人々にアピールしないのか。地球連合が否定できない事実を持って姿を現し、局所的な外交事実を積み上げて地球連合が政治的な妥協をせざるを得ない状況に持ち込むことだってできたはずだ。
 無人兵器からアピールしてもいい。無尽とも言える膨大な生産量を誇るのだ。純粋に非武装の政治アピールを行う無人兵器の群れで、地球連合に抗議する手だってある。メディアに載ってしまえばしめたものだ。地球連合が公開されたくない事実で持って、開かれた木連という形で相対的に優位に持ち込めばよかったのだ。
 結果として世論に引きずられて地球連合は木連に妥協せざるを得なかっただろう。そうなれば、火星も木連に参加したかもしれない。月軌道の宇宙都市やエネルギー開発の最前線になっている金星軌道の宇宙都市も、相転移エンジンの恩恵を受けるべく、木連と交渉を開始したはずだ。
 そして、相転移エンジンによるエネルギー問題の解決は、土星以遠の外惑星開発にいっそうの弾みを付けることができただろう。1G無人探査艦を太陽系から銀河中核部へ、さらに多くの星々に派遣できれば、人類の宇宙開発はすぐさま大きな成果を得られたはずだ。
 そのとき、太陽系を主導しているのは地球ではなく木星となることも可能だったはずなのだ。なぜ、彼らはその政治信条を貫くことができなかったのだろう。
「立派な言葉です。ですが、その言葉、手順を間違えているのではありませんか? 私個人としては本当にあなたの理念を素晴らしいものだと感じている。
 だが、あなた方が取っている行動は、その理念を裏切っているのではありませんか?
 武器を取る前に、なぜ、なすべきことをなさなかったのです!?」
 苦渋と怒りに満ちた言葉が草壁に突きつけられる。戸惑うように草壁が眉をひそめた。
『我々の言葉を受け取らなかったのは地球連合の方だ。非難されるべきは地球連合ではないかね』
「地球連合が受け入れざるを得ない状況を、なぜ作れなかったのかと問いかけているのです」
 それこそが木連の政治的敗北なのだと、言葉を紡ぎながら、ああ、とヤシマは思う。これが草壁という人物の欠点なのだと、感じる。
 単純なのだ。
 掲げる看板、貼られたラベルの下、その思想は一体でなければならない。そして、敵もまたそうであると、単純化して受け止めているのだ。
 人の集団。そこに集う様々な思惑。利害の対立。
 この草壁という人物から見れば、それは潔くない腐敗した集団に見えるのかもしれない。
 しかし、そこにこそ、許容の幅があり、流れがあり、入れ替わりがあるというのに、草壁という人物にとっては、敵は敵、でしかないのだ。そういった欲と理念の入り交じる澱みに身を投げる意志のない、いや、もしかしたら、澱みにもまれることに耐えることのできない弱い人物なのかもしれない。
『だが、すでに賽は投げられた。もう、時を戻すことはできない。我々は今なすべきことを考えるべきだと思わないかね?』「・・・もっともです」
 これが我々の敵である木連の人々なのだろうか。
 ヤシマは頷く。草壁もすでに伝えるべき言葉は伝えたと判断したのだろう。端的に用件を伝える。
『休戦を維持したいのであれば、火星軍の全面的な武装解除と木連への加入を要求する。もちろん、地球連合政府に対して自動的に宣戦布告することになる。
 そして、我々の最初の共同作戦は、地球軍所属艦艇ナデシコの撃沈になるだろう。
 これを拒むのであれば、我々は火星軍の不正を糾すため、全面的な軍事行動を取る意志がある』
「・・・その場合、無防備都市宣言しているマリネリス(シティ)はどう扱われるのでしょう?」
『残念だが、例外は認められない』
 断固たる姿勢で、草壁は告げた。
 それは、無防備都市も攻撃の対象とするという宣言以外の何者でもなかった。
「・・・私の一存で答えることはできません。しばらく、時間をいただけないでしょうか?」
 苦渋にまみれた表情で、ヤシマが問う。草壁はちらりと部屋のどこかにかけられているだろう時計を見つめたようだった。
『それでは、二十四時間の猶予を与えようと思う。回答なき場合は、我々木連軍はしかるべき作戦行動に打って出る』
 通信が切れる。
 ヤシマは大きく息を吐いて背もたれに身体を任せると、すぐに人を呼んだ。
「どうでしたか?」
 ヤシマは大きく首を横に振ると、立ち上がった。
「ジャンパーは?」「待機しております」「すぐに、火星に戻る。時間との勝負になるぞ。二十四時間以内に防衛線をマリネリスまで引き上げる必要がある」
 ヤシマは通信記録を手に唇を噛みしめた。
「開戦だ」
 そう、すでに賽は投げられたのだから。



 不断の闘争、不屈の精神
 だが、人の心は生き続けるには弱く、脆い
 忍び込み、抱く幻想は、麻薬のように甘美で
 冷たい現実を忘れさせてくれる
 そして、かの偉大な大王のように
 酔いつぶれて川に落ち、溺れ死ぬのだ





先頭 目次 前話 次話

あとがき

 つーわけで、戦争です。では。